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『軍艦島 眠りのなかの覚醒』雑賀雄二(淡交社)

2011年07月 | CATEGORY : book | COMMENT(1)

著者は、1974年1月10日端島に初上陸し
端島炭鉱が閉鎖される前の数ヶ月間、
島に通い、写真を撮り、島民と話をした。
キャプションではなく、読みごたえのある文章がよかった。

感傷から遠いところで、けれど島の人間の目で書かれた
貴重な記録だ。
一人、また一人と、島を出て行く家族を見送る姿が
目に浮かんでくるようだった。

また端島に戻ってきたときのために
部屋を釘付けにしていく男の話が切なかった。
もちろん、その後、軍艦島が蘇ることはなく、
観光地になった。
 
飲み屋で隣り合わせた島民の話が、
炭鉱で生きる人間の実感がにじみ出ていて、
よかったので引用します。

 "炭坑の人間は過保護である。
  会社の土地に建った炭住に住み、
  その炭住はタダ同然である
  (家賃、電気代、水道代、プロパンガス代をあわせて月10円)。
  そして同じ仕事をしている人間同士だけに、
  同朋意識、仲間意識が強く結束している。

  会社の詰所は家庭のもめごと、  
  税金の世話など何でも面倒を見てくれる。
  労組に対する信頼感も強く、すべて他人任せでやっていけた。
  買い物ひとつとっても社営の購買があり、
  商店も自分たちのためにある。

  あんたたちが思っているほど仕事もきつくはない。
  労働時間も8時間のうち実際は半分ほどで、
  汚れるけれど、他人に気がねすることもなく気は楽である。

  炭坑夫の給料は13万円ほど。
  多い人は17万円もらう人もいる
  (当時の小学校教員の初任給は約5万円)。
  石炭を掘ってさえいれば、心配もなく、
  不自由もなく、のんきに暮らしていけた。
  (略)
  そういう他の土地と違った断絶した世界、それが炭坑だ。
  そいういった人間が、他の世界で生きていくためには
  凄い自覚を必要とする。
  それが持てない人や、今までの生活を忘れきれない人たちは、
  新しい世界の中ですべてのことに行き詰まって、
  挫折していくだろう。"

写真は、まだ生きている端島はなく
廃墟になってからの軍艦島のみなのが、
残念といえば残念だが、
多くの軍艦島写真集が絶版になるなか
まだ流通している、貴重な書であることに変わりはない。


●『軍艦島 眠りのなかの覚醒』 
雑賀雄二/2003年03月/淡交社/イシカワ
 
 

コメント(1)

軍艦島に上陸すればおそらく誰でもが当時生活していた人たちのことを考えると思います。
子供たちはどんな遊びをしていたかとかどんな思いで島を離れたのか・・・
廃墟としての魅力だけでなく突き刺さるような島民の想いが感じられる不思議な島だと思います。

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